5月「聖母月」には緊急事態宣言発令が続く中、皆様はどのように過ごされたでしょうか。日本でも変異株の感染者が増加傾向にあり、監視体制が強化されています。何とかコロナが収束して欲しいと願うばかりです。

私たちは全教会と共に「6月・イエスのみ心の月」に入り、過ごします。イエスのみ心は全人類に対する神の愛の象徴としてイエスの心臓を表しています。私たちはその神の愛を思い起こし、無限の愛のしるしであるみ心をたたえて信仰生活を送りましょう。

今月には、特にご聖体を前にして、イエスの愛に応えていきましょう。キリストの聖体には神の素晴らしい愛が示されています。それは、遠い世界ではなく、私たちの生活に身近なものであり、毎日、食べているパンの形です。イエスは「私は、天から降ってきたパンである」(ヨハネ6・22-40)と言われます。

どうして、イエスは「私は、天から降ってきた真珠だ、金銀だ」と言わなかったでしょうか。イエスはそんな豪華なもの、贅沢なものではなく、私たちの生活に身近なもの、日常生活のものでありたいからです。パンは私たちの生活にとって不可欠なものです。空気と水のようなもので、生きるための必需品です。

パンが有意義になるのは使用される時です。その時に裂かれたり、噛まれたり、無くなったり、消化されたりするのです。ですから、「私は、天から降ってきた生きたパン」であると宣言する時、イエスは素晴らしい愛を示し、全人類のために、喜んで裂かれたり、消化されたりするのを望んでいたに違いがありません。私たちが生きるために、イエスは喜んで死にます。傷もなく生きる私たちのために、イエスは喜んで傷を受けています。裂かれるイエスによって、私たちは結ばれます。

パンを食べることによって、イエスと交わり、兄弟姉妹と交わっていくことができます。「私の肉を食べ、私の血を飲む者は、いつも私の内におり、私もまたいつもその人の内にいる」とイエスは言われたからです。ご聖体を戴くことによって、私たちはイエス・キリストの内におり、キリストと共に、キリストによって生きることができます。そして、私たちも多くの人々との連携、結び合い、つながりができます。聖パウロは「パンは一つだから、私たちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです」と言われたからです。

どうか私たち一人一人がご聖体を愛し、ご聖体に愛されますように。神とのつながりすべての兄弟姉妹との結び合いをもって、信仰生活の中心にしていくことができますように。