カトリック仁川教会の兄弟姉妹の皆様

+平和と善

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主のご復活おめでとうございます。復活された主キリストが、皆様のお一人おひとりと皆様の心におられる方々に喜び・平和と慰めを与えてくださいますようにお祈り申し上げます。

今年、新型コロナウイルス感染症拡大のため、共同体として公開ミサ・復活祭を共に過ごすことが出来なかったのは、まことに心が痛くて仕方がありません。皆様はいかがお過ごしでしょうか。

主イエス・キリストは私たちへの救いのために十字架に付けられて死に、復活されたのです。復活はイエスの勝利が光り輝くのです。キリストが死を打ち勝ち、この復活によって祈りと不滅さを再び輝かせたからです。また、この主の復活において、「主は私たちを奴隷から自由へ、悲しみから喜びへ、嘆きから祝祭へ、暗闇から光へ、隷属から贖いへと救い出してくださった」のです。ですから、私たちは主のみ前で讃えましょう。アレルヤ。

イエスは一粒の麦のたとえを用いて、ご自分の死と復活を予告します。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12・24)。まさにその通りのことが起こりました。御父によって地のうちに蒔かれた一粒の麦であるイエスは、世の罪のために殺されて死に、墓の中に2日間留まりました。しかし、その死には、神の愛のすべての力が込められていました。そして3日目にその力は解き放たれ、示されました。今日、わたしたちはその日を復活祭として祝います。

わたしたちキリスト者は、キリストの復活が世界にとって真の希望であり、決して裏切らないことを知っていますし、そう信じています。それは一粒の麦の力であり、へりくだって自らを与えつくすことによって世界を真に新たにする愛の力です。

親愛なる兄弟姉妹の皆様

ルカ福音書はこう書いてあります。「なぜ、生きておられる方を死者の中に探すのか。あの方はここにはおられない。復活なさったのだ」(ルカ24・5-6)。墓の中で女性たちが聞いたことばは、わたしたちにも向けられています。私たちにとって、主イエス・キリストは、生きておられる方です。キリストは、決して死に絶えるような方ではないのです。生きていることは、前向きで、明るさをともなう出来事です。死、孤独、恐れは決定的なことばではありません。それらを超越することばが存在します。それは神だけが話されることば、つまり復活ということばです。神の愛の力によって、「悪は打ちはらわれ、罪は清められ、過ちはゆるされ、悲しむ人に喜びが満ちあふれる。この日、憎しみは消え去り、平和が生まれ、世の権力が退けられる」。

主イエス・キリストは常に「生きておられる方」です。前向きに、次のステップに進んでゆくのです。ですので、私たちも復活の信仰をもって、下を、後ろを向いて落ち込むのではなく、目を前に向けて進んで参りましょう。「新しいいのちに生きる者」として、自己中心的な狭さから解放されて前進していきましょう。心を合わせてお祈りしながら新たな心で、新たな気持ちで、新たな決心で共に頑張って参りましょう。皆様のためにお祈りしております。私のためにもお祈りください。

改めて、主のご復活おめでとうございます。アレルヤ!一日も早くお会いできる日を楽しみにお待ちしながらお祈りいたします。

主任司祭 インマヌエル和越 敏神父