マザーテレサの列聖式が9月に行われる。マザーテレサが帰天されたのは1997年9月5日。死後、わずか19年後に「列聖」というのは、異例である。高山右近が福者にあげられるまで、死後400年かかったことを考えると、マザーテレサの列聖は異常に早いことがわかる。現代は、マザーテレサのような聖人を必要としているのかもしれない。
マザーテレサは、インドのコルタカ(旧カルカッタ)で最期を看取る「死を待つ人々の家」を作り、世界各地を廻り、誰にも顧みられない人々の世話をする仕事を始めた。マザーに共鳴する女性たちが集まり、「神の愛の宣教者会」という修道会になった。いま、マザーテレサの後を継ぐシスターたちは世界で4000人以上働いている。マザーテレサは、日本にも3度来られた。最初の来日は、教皇ヨハネ・パウロ二世の訪日と同じ1981年。そのとき、マザーテレサは、東京にも多くのホームレスがいることに触れ、日本は決して富める国ではないと、話された。2度目の来日は1982年。4月25日には、カトリック仁川教会近くの阪神競馬場で開かれた(宝塚青年商工会議所主催)「愛と平和の集い」で講演された。3度目の来日は1984年。この年の11月23日に広島市を訪れ、「平和の集い」に出席されている。マザーテレサの来日を機に、東京と大阪に「神の愛の宣教者会」が活動を始めている。
カトリックの「福者」調査には、死後、5年を経なければならない、との規定がある。しかし、教皇ヨハネ・パウロ2世は、マザーテレサの場合は例外として、死後、直ちに列福調査を認めた。マザーテレサの取り次ぎに依る奇跡が起きたのは、1998年である。非カトリックの34歳のインド人女性が奇跡的に病気を癒された。モニカ・ベスラさんは、胃に腫瘍ができ、日に日に大きくなり、妊娠したようなお腹になった。すぐに手術をしなければ危ない、と思われたが、貧血のため手術は不可能だった。モニカさんは、マザーテレサが亡くなった翌年の9月6日、コルカタの「死を待つ人々の家」に連れて行ってほしいと願った。モニカさんは話している。「礼拝堂に入ると、マザーテレサの写真が目に入りました。そのとき、あたかも一条の光が私に向かって飛び出してくるように感じました。シスターが祈ってくれ、私は眠りにつきました。朝、目が覚めると腫瘍はなくなっていました」
さらに2015年12月17日、脳腫瘍を患い、危篤状態のブラジル人男性が、マザーテレサの取り次ぎによって回復した奇跡が、教皇フランシスコに依って承認された。
現代でも奇跡は起こり得る。聖人の取り次ぎを祈りましょう。