教会では、6月は伝統的にイエスのみ心にささげられた月です。イエスのみ心は神のあわれみに関する優れた意味での象徴です。しかしそれは単なるイメージとしての象徴ではなく、現実的な象徴です。全人類のための救いがそこから流れ出る中心また泉を表すからです。十字架上のいけにえの小羊であるイエスのみ心から、人類全体に対するゆるしといのちがあふれ出るのです。イエスのあわれみはいのちを与え、人間をよみがえらせる力です。

福音書にはイエスのみ心に対する様々な言及が見られます。例えば、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい」(マタイ11:28-29)。

神のあわれみの前に私たちはどうすれば良いでしょうか。恐れずに主に近づいて行こうとすれば良いと思っています。主に近づくために、一つの方法としては、御ミサを理解し、心を込めて御ミサを捧げるのです。

まことにいのちの源泉 - みことば

神は永遠の愛をもってすべての人が救われることを望んでおられます。神は、人々をご自分のもとへ引き寄せるために、みことばで人々に対する慈父的な配慮を示されます。神のみことばは、「秘義」であり、「秘跡」であることが、今日では一般的に忘れられてはいないでしょうか。

現代人は読書量が多く、聖書を含む宗教書もたくさん読んでいるかも知れませんが、聖書に対して、他の書物と同じような心で接しているでしょうか。私たちは、毎日、信仰深い尊敬と晴れやかな感謝のうちに、神の無限の愛によって備えられた救いの泉から飲むようにしているでしょうか。

感謝に満ちた愛 - 感謝の祭儀

世界の創造以来、神はことばと口先だけではなく、食べ物としてのご聖体を与えてくださいます。ごミサの中で聖別され、ささげられ、拝領されるパンと葡萄酒のもとに、キリストが本当におられます。カトリック信者の私たちは、ご聖体におけるキリスト現存の信仰を大切にし、ずっと守り続けなければならないと思います。また、ご聖体を相応しく拝領するよう努めねばなりません。ご聖体によってすべてが新たにされ、強められるのです。ご聖体を拝領し、その力に強められて、どうぞ自分の務めを全うしてください。キリストによって、キリストと共に、キリストのうちにキリスト信者の使命を全うし、その喜びと愛に与っていきましょう。

この6月には、「世界聖職者の聖化のために祈る月」でもあります。いつも祈っていただき、心より感謝すると共に、引き続きお祈りをお願いします。