キリスト者の召命と使命とは何でしょうか。召命は英語のvocation の訳語で、「神が声を出すこと」、あるいは「神により告げられたこと」という意味をもっています。一般的な会話の中では、「職業」を指し、その職業がその人にぴったりな場合には「天職」といった意味も含んでいます。キリスト教においては、召命を、主として司祭や修道者に呼ばれることとして用いてきましたが、第2バチカン公会議以降は、召命は司祭・修道者にだけでなく、すべてのキリスト者に向けて「神により告げられた」呼びかけであり、すべての人がイエス・キリストの福音を宣べ伝えるように招かれていることが宣言されました。つまり、日常生活においても神からの福音を忠実に生きよう、他人に福音を宣べ伝えようと、神の呼びかけがあると理解するようになったのでしょう。
使命は英語のmissionの訳語です。キリスト教では、修道会、宣教会が宣教するための会員を派遣することに由来しています。一般的には、特別な目的達成のためになすべき事柄といった意味で使われます。
使命は一人ひとりに呼びかける神の招きつまり召命(召命)に応える生き方であって、まさに神に「召された」私のいのちが、神によって「使われる」いのちになると理解することができるでしょう。
キリスト者の私たちにとっては召命と使命は常に対になっています。それは、イエス・キリストの生き方に倣い、イエスの福音に基づいて、貧しく社会の周辺に追いやられた人々のために使われるものです。
キリスト者は、自分の人生のすべてを使命として受け止めるべきです。使徒的勧告『喜びに喜べ』の中で教皇フランシスコは、「祈りのうちに神に聴き、神がお与えになるしるしを見極めることで、そのように努めてください。人生の瞬間瞬間に、しなければならない選びの一つ一つの中にイエスが何を期待しておられるかを、あなたの使命にとってそれがどのような意味があるのかを識別するためにも、つねに聖霊に尋ねなさい。そして、現代世界の中にイエス・キリストを映す、あなたらしいその神秘を、あなたの中に築いていただきなさい。・・・そして、あなたの尊い使命がくじかれることのないように、自分を変えていただきなさい。聖霊によってもう一度新たなものにしていただきなさい。愛の道を離れることなく、清めと照らしを与える主の超自然なわざに開かれたままでいられたなら、過ちやうまくいかない時にあっても、主がそれを完成させてくださるでしょう。」(23-24)と書いています。
神からの固有のメッセージとして、私たち一人ひとりは自分の使命を探し深めて、そしてそれを実現していくことができますように。