「会社への信頼感や愛着が薄れた――」。これは、新型コロナウイルスへの企業の対策を嘆いたある女性社員の口コミです。コロナ禍で社員たちの失望感だけではなく、多くの兄弟姉妹の神と隣人への気持ちだと言えるかも知れません。

世間では、12月は年末で1年間を振り返る季節となっています。私たちキリスト信者は今年11月29日から待降節に入り、クリスマスに向けて、心や生活のあり方を振り返り、この軸を神の方に向け直す期間ともなります。

今年、新型コロナウイルス禍で、多くの感染症の患者、最愛の人の死を悼んでいる人々、苦境にある高齢者や孤独者などは嘆いていると思います。多くの人は死を悼み、さらに身体的な痛みから経済的問題に至るまで、さまざまな苦悩に見舞われ、失望のうちにクリスマスを迎えるかも知れません。

新型コロナ禍は、多くの人にとって深く考える機会、愛する人と共に過ごし、一緒にいられることを心から喜ぶ機会、心や生活のあり方を振り返る機会となっています。しかし、その一方で、無関心でいたり、自分のことばかり考えたり、分裂していたり、忘れたりする時になっていたと言えるかも知れません。

今年2020年復活祭メッセージの中に教皇フランシスコは、「今は無関心でいる時ではありません。今は自分のことばかり考える時ではありません。今は分裂している時ではありません。今は忘れる時ではありません」と強く強調しながら、願いを込めて呼びかけました。

キリスト信者の私たちは、クリスマスに向けて、心と生活のあり方を振り返る中で、「神への愛、隣人への愛」を再確認しながら実践していかなければならないでしょう。多くの貧困や苦しみや苦境などと戦っている兄弟姉妹と徹底して連携していかなかなければならないでしょう。また、クリスマスを迎えるということは、憎しみに愛、死に復活、失望に希望は必ず打ち勝つということ、どんな時にも希望をもって歩む道が備えられていることを確信することでしょう。主イエス・キリストのご誕生は、暗闇に光をもたらし、絶望のあるところに希望をもたらしたからです。

主イエスのご降誕を待ち望んでいた聖母マリアの取次によって、喜びと希望のうちに私たちは待降節を有意義に過ごし、喜びと平和のうちにクリスマスを迎えることができますように。こうした思いと願いのうちに、すべての兄弟姉妹の皆さんと共に待降節を過ごし、皆さんに主のご降誕のお祝いを申し上げます。