800年前、聖フランシスコは会員のために「遺言」を残してくださいました。これは単なる最後の言葉ではなく、生涯をかけて歩んできた信仰の道を振り返り、兄弟たちに託した「回想、戒め、勧め」だと私は理解しています。

1.「主が私に回心を始める恵みをくださった」
聖フランシスコは、「私がまだ罪の中にいた 頃、癩病者を見ることは余りにもつらく思われました」と書いています。私たちは信仰生活においては、最初から何もかもを理解できるわけではありません。人間関係においても苦手な人、 避けたい人、理解できない人もいますが、主がそれぞれの形を通して、心を変えて回心の恵みを与えてくださっているのだと捉え、信頼、愛 と感謝をもって生きたいと思います。

2.「主が兄弟たちを与えてくださった」
 聖フランシスコは、共に生きる兄弟たちを自分で選んだ「仲間」としてではなく、神から与えられた兄弟として受け入れました。教会には、年齢も、国籍も、文化も、考え方も違う人々が集まっているので、自分一人ではなく、与えられた兄弟姉妹との関係の中で、神に従って共に信仰を生き、証ししましょう。

3.「福音を単純に、聖体を中心に生きる」
 「遺言」にも、聖福音と聖体に対する聖フランシスコの深い信仰が述べられています。彼は、複雑な理論よりも、福音をそのまま生きることを大切にしました。私たちはみ言葉を知るだけでなく、み言葉とご聖体を糧としていただき、その糧を家庭へ、職場へ、地域へと分かち合って生きて行くことが大切です。

4.被造物を大切にする生活へ
 すべての被造物を大切にしていくのは、環境保護活動である以上に、創造主である神への感謝の行為です。だから、必要以上に物を求めず、すべてのものを大切に使い、自然の中に神の創造の美しさを見つけ、感謝しましょう。

5.「持つこと」から「預かること」へ
 現代社会では、「これは私のもの」という考えが強く、「好きなように使ってよい」と考えがちだが、「これは神から預かったものだから、大切に使い、必要な人と分かち合おう」という生き方へ変わっていくことが求められます。これは清貧の精神であり、同時に感謝の精神でもあるのです。 800年前の「遺言」として捉えるだけではなく、「聖フランシスコは今も生きている」ことを証ししていきたいと思います。自分の人生にある神の足跡に気づき、いただいた恵みに 感謝し、兄弟姉妹を愛し、福音を単純に生き、 「共通の家」を大切にしましょう。一人ひとり 小さな祈り、犠牲、分かち合いが神の平和 この世界に広げる一歩となりますように。