11 月は、教会にとって「死者の月」です。私たちは亡くなった家族、友人、教会の兄弟姉妹を特別に思い起こし、その魂を神のいつくしみに委ねて祈ります。キリストを信じる私たちは、死を人生の終わりとは考えず、死の向こうに永遠の命があることを信じ、希望のうちに祈ります。
聖フランシスコ帰天800周年を迎える今年は特別な意味を持っています。アッシジの聖フランシスコも地上の生涯を終え、神のもとへ帰りました。私たちは彼を単なる「過去の聖人」として記念しているのではありません。
聖フランシスコは、今も生きています。それは、この地上で肉体的に生きているという意味ではなく、キリストの復活にあずかり、聖フランシスコを生かした福音が、彼を形づくったキリストが、今も生きているということです。彼の信仰と生き方は、800年の時を越えて、今も私たちの中に生きています。
聖フランシスコは、『被造物の賛歌』の最後に、死さえも「姉妹」と呼び、神への賛美をささげました。復活への希望と信頼をもって、神のもとへ帰る道として受け止めたのです。そこには、「私の命は神からいただいたものであり、最後には神へ帰っていく」という深い信頼がありました。
亡くなった方々は、今、私たちの目の前にはいません。しかし、その方々からいただいた愛、優しさ、教え、笑顔、そして生き方は、今も私たちの心の中に残っています。
亡くなった方々を思い起こすことは、過去を振り返りながらも、その方々から受け取った愛を思い巡らし、その愛に包まれた私たちが今日を生きることなのです。
聖フランシスコも同じです。彼が大切にした貧しい人への愛、兄弟姉妹への思いやり、被造物への感謝と共存、そして平和を求める心を、私たちが今日の生活の中で実践する時、彼は私たちの中に生き続けます。
800年前に帰天した聖フランシスコ。その霊性は死んでいません。福音への情熱は消えていません。平和への願いも消えていません。
私たち一人ひとりが、その精神を受け継ぎ、愛し、赦し、分かち合い、神に感謝して生きるなら、聖フランシスコは今も私たちと共に歩んでいるのです。
1 1 月「死者の月」。亡くなったすべての方々を神のいつくしみに委ねながら、私たちもまた、いつの日か神のもとへ帰る者であることを心に刻みましょう。
「死は終わりではない。愛は死によって消えることはない。」この希望を胸に、これからも神と兄弟姉妹、そしてすべての被造物を大切にしながら歩んでまいりましょう。
